わたしは、ベロニカ。
ひとつの物語を聞いたおんなのこ。
すこーし昔、あるところに、ひとりぼっちの犬がいました。
その頃は、まだ野良犬という、人に飼われていない犬が
町中いたるところをうろうろしていました。
時折、保健所の車が巡回にやってきて、有刺鉄線の針金で
野良犬を捕まえてまわる光景があたりまえの時代でした。
そんな中でも、野生の犬たちはグループを作り、互いに協力して
エサにありついて、あるものは人になついて、おこぼれをもらったりしていました。
犬はもともと、群れをつくって助け合う習性をもっているので、
リーダー犬のもと、犬の社会を作っていたのです。
そんな中、人間に飼われてもいないし、
犬社会からも見放された、一匹の犬がいました。
いじめられっこの、その犬はいつも、暗い顔をしていたので
誰も相手にする人はいませんでした。
通り過ぎる誰もが、その犬を、まるで見えていないかのように
通り過ぎていくのです。
「あー、ぼくは、このひろい世界でたったひとりぼっちなんだ。
だって、誰にもぼくが見えてないみたいだ。
ぼくは、存在していないのと、同じだ。」
と、ためいきをつくだけの、何も変わらない
そして希望のない、悲しい毎日を送っていました。
ひとりぼっちでも、道にはえている草をたべたり、
運のいいときは、モグラの死体にありついて、なんとか生き延びていました。
そして、体力を使わなくてすむように、ただただ、寝るだけの毎日でした。
ある日、いつものように、道端の草むらで隠れるように横たわっていると
無性に空腹がつらくなってきました。
すると、どこからか、おいしそうな、焼き鳥のにおいがしてきました。
お腹がすきすぎて、もう歩くのも面倒だったけれど、
その今まで知らなかった、おいしそうな匂いに惹かれて、とぼとぼと
歩き出したのでした。
くらい路地をぬけると、赤いちょうちんが灯っていました。
その店の暖簾が、風に吹かれるたびに、おいしそうな焼き鳥の匂いが
強烈に匂ってきます。
その犬の足は、フラフラと匂いを、たどっていきました。
みすぼらしい、あわれな姿で その店に近づいていきました。
こんなに人間に近寄ったのは初めてです。
すると、その犬を見つけた、赤い顔をした、その店の客らしい人に
「きったねーなー、あっちいけよ!」と、どなられたのでした。
その犬は、あわてて、しっぽをまいて、ひれふしました。
自分が人に声をかけられたことに、おどろいたようでした。
どうしていいかわからず、ただ、うずくまっていたその犬に、
焼き鳥屋のおやじさんは
屋台から出てきて、バケツを振り上げて、冷たい水をかけたのでした。
「しっ、しっ、あっちへ行け!」
その犬は、こわくて、一目散に走りました。
暗い道を、走って走って、やっと、暗い茂みをみつけて、
荒い息を、押し殺しました。
ぬれた体が、だんだんと冷えてきて、ガタガタと震えはじめました。
こわくて、悲しくて、どうしていいか、何も頭には浮かびません。
ただ、寒くて寒くて、
自分が 生を もっていることすら、何の意味があるのか、わかりませんでした。
もうろうとした意識をいったりきたり。
あまりの寒さに眠ってしまったと思ったら
自分の震えで意識が戻ったり、
そんな、生と死をさまよった夜を過ごしたその犬に、奇跡的にも、朝が訪れました。
夜の漆黒が、淡い青に変わる頃、
きゃん、きゃんと泣く、犬の群れたちの、悲鳴で目がさめました。
それは、群れをなして、犬らしく、ちゃんとした社会を作っている犬たちが
保健所の車に次々とつかまっている声でした。
茂みの奥で、息もたえだえだった、ひとりぼっちの犬の目には
針金で首を縛られて、車につれこまれていく、犬たちの
悲壮な光景が、うっすらと見えていました。
ちゃんとした群れをつくっている、あの子たちが、生きていけないこの世の中で、
自分みたいな、ばかな犬が生きていけるわけがないよ。と、ただただ、涙が頬をぬらしました。
連れて行かれる子たちは、みな、自分が保健所で殺されることを知っていました。
その犬はもうすぐ「、ぼくの首にも、あの有刺鉄線がくいこむんだ」って、思っていましたが
その犬が、かくれている茂みのそばで、保健所のひとは踵をかえして、車へ戻っていったのでした。
助かった。
その犬はそうは思いませんでした。
もう、何の希望もないのです。
もう、このまま、横たわっているしか、何もしようがないのです。
犬は自殺をすることができません。
生きるために生きているのですから。
だけど、恐怖と、絶望から、その場を動けなくなった、その犬は
死をむかえるしか、選択がないようでした。
その犬が、自分の運命を悟っているかのように、
最後に大地の匂いをくんくんと、かいだところで、
嗅いだことのない、匂いがして、うつろに顔をあげました。
犬の目には、見たこともない、人間が
自分をみおろす姿がうつりました。
それは、長く、住職のいないこの町の寺に、親戚筋からの頼みに断れきれず
その寺に来た、若いお坊さんだったのです。
お坊さんは犬に声をかけました。
「おまえの目、さみしいね。つらそうだね。
誰にも言えないけどね、僕もつらい目をしてるんだよ。
この町になんて、来たくなかったんだ。
だからおまえの、つらそうな目が気になったのかな?」
その犬は、はじめて人間にやさしくしゃべりかけられて、こわがっていいのか
どうしていいのか、わからず、最後の荒い息を続けていました。
それから、その犬の横に腰をおろしたお坊さんは
独り言のように、犬にしゃべりつづけました。
「僕ね、音楽で自分を表現したいって夢があったんだ。
だけどね、本家の頼みって分家は断れないんだ。
これくらいしか、結局、親孝行できないんだってあきらめて引き受けて、
この町に来たんだけど、軽い気持ちで仏教大学なんていかなきゃよかったよ。」
「この町がきらいで仕方ないよ。」
「でも、おまえを見かけて、なんだか 自分もこの犬みたいな、
卑屈な目をしてるんだなって、思ったわけよ。ははは。」
お坊さんの手が、やさしく、その犬を撫ぜている様は、まるで
長い間飼っている犬をさわっているような、やわらかいものでした。
自転車で通りすがの町の人が、新しく来た住職を見かけて声をかけていました。
「来週のおふくろの7回忌、よろしくお願いしますよ~」
若いお坊さんは、苦笑いで、「お勤めにあがります。」と返事しました。
そして、長い時間、犬に思うこと、つらいこと、あきらめることを、話したお坊さんは
「おまえは、まだ、チャンスがあるんだよ。犬は自由だから」と言って、
その犬の顔に、油性ペンで、眉毛を書いたのでした。
「おまえの世界がかわるかもな。
ぼくはこの町で光暁和尚として生きていくよ。」
と、言い残して、去っていきました。
もちろん、その犬は自分が何をされたのかも、わからず、
また同じように、茂みに横たわっていました。
そして、ゆっくりとした、眠りが訪れようとしたとき、
騒々しい笑い声が、どよめいていました。
その犬は、びっくりして、またしても、飛び起きました。
近所の小学校に通う子供たちに、囲まれていたのです。
子供たちはゲラゲラと大声で笑いながら、さらに、友達を呼んでいました。
「おーい!おもしろい犬がいるよ。みんなおいでよ!」
「ほんとだぁ~!眉毛があるわ!」
「かわいい~~」
その犬は、ただただ、うつむいて、逃げようとしていました。
ところが、子供たちは容赦ありません。
どんどん、集まってきて、まじまじとその犬に視線を浴びせました。
そして、小学生の一人が、給食で残してきたチーズを差し出しました。
その犬は、その甘いかおりにガツガツ食いつきました。
それを見た、他の子供たちもいろんな給食の残り物を
その犬に差し出しました。
パン、チーズ、バター、ちくわ。
その犬は夢中でむさぼりました。何も考えられませんでした。
いつもなら、こわくて避けていた子供たちがパンやチーズをくれるなんて
ありえないことです。
ああ、何日ぶりの食べ物だろう。
子供たちは毎日毎日、給食の残りをもってくるようになりました。
そして、子供たちだけでなく大人たちも、その犬のまぬけな眉毛を
見に来るようになりました。
その犬は、いままで、自分を見ようともなかった人たちが
自分をみて、はち切れんばかりの笑顔になるのが不思議でなりませんでした。
誰もかれもが、その犬を見て、大笑いするのです。
うわさは広がり、毎日、いろんな人が食べ物をくれるようになりました。
焼き鳥屋の屋台で赤い顔をしていたおじさんは、屋台からの帰りに
その犬を見つけては、とっておいた焼き鳥の串から、肉をわけてくれました。
犬は、自分がしっぽを振っていることに、不思議さをおぼえたのでした。
「ぼくは、ひとりじゃないってことなんだ。」
つづく。
(気が向いたら)
世間にはこんな、かわいそうな犬がいたのね。
知らなかったわ。
わたしは、ベロニカ。
知らなかったわ。
この物語のせいで、
わたしが、ひどい目にあうなんて!
すご~い 物語に入り込んでたのに
余韻に浸ってるなか…思わず 現実に引き戻されたって感じ…
だけど…似合ってる! べり~ カワイイ♪
長々と読んでくれてありがとう。
わたしも、真剣に読んでしまったわ!!
それにしても、眉毛が書きたいがために
あそこまで、だらだら書けるものねΣ(´Д`lll)
こんなオチがあるなんて…
泣きそうになって損をしたわ。
続き希望でお願いします。
たっくるママ、ありがとう!!
物語の子も、わたしたちも同じ犬だけど
ぜんぜん違う運命なのよね~。
いまでも、殺処分される多くの子たちがいるのよね。
そんな子たちがいなくなる国になればいいのに・・・。